2022.12.28

言語

コミュニケーションを効果的に行うためには?
日本語映像教材が示す相互理解への道すじ

言語によるコミュニケーションを通じて相互理解を深める—こうした理念のもと、国際交流基金が制作してきた日本語映像教材。そこには、日本人にとっても大切なコミュニケーションのヒントが詰まっています。

適切な言葉がはっきりと思い出せない時、誰かと仲良くなりたい時、複雑な指示が理解できなくて困っている人がいる時……。みなさんならどうしますか。こうした場面で、「思い出せないところを『なんとか』に置き換える」「共通の話題を見つけて話しかける」「(複雑な指示を)短くシンプルに言い換える」といった、コミュニケーションを効果的に行うための工夫のことを、日本語教育では「ストラテジー(方略)」と呼びます。

この「ストラテジー」に注目して、国際交流基金(JF)がNHKエデュケーショナルと共同で制作したのが、最新の日本語教育番組「ひきだすにほんご Activate Your Japanese!」です。2022年にNHKワールドJAPANで放映が始まりました。番組のメインコーナーであるドラマ「スアン日本へ行く!/Xuan Tackles Japan!」では、ベトナムから来日して日本で働く主人公スアンが、生活や仕事で遭遇するちょっとした疑問や困りごとを、その場に応じたストラテジーを用いて乗り越えていきます。

外国人受入れのための新たな施策である特定技能制度の導入も背景に、仕事現場で使う具体的な日本語会話に注目した教材もいろいろと作られています。しかし、特定の場面のみで使える会話や表現を覚えるだけでは、想定外の場面でのコミュニケーションはうまくいきません。また、外国人が働くすべての職種をカバーした教材をつくることも現実的ではありません。そこでJFは、あらゆる場面に応用可能なストラテジーに注目し、日本語によるコミュニケーション力を「ひきだす」教材をつくろうと考えました。

JFの教材に通底する、コミュニケーション重視の姿勢

こうした点を重視した教材開発は、特定技能制度を発端に始まったわけではありません。また、JFが日本語教育の新たな枠組みとしての「JF日本語教育スタンダード」を公開した2010年以降に限った話でもありません。JFは、設立まもない1970年代から、相互理解やコミュニケーション力を念頭に、さまざまな日本語教材を制作してきました。その内容や手法には、各時代のニーズや社会背景、最新の研究成果が色濃く反映されています。

「これはヤンさんの荷物ですか?」
「ええ、これは私のです」

「あら、これは私のではありません」
「じゃ、これは誰のですか?」

これは、最初の体系的な映像教材として1983年にJFが開発した「ヤンさんと日本の人々」(全13話)の一幕。海外から日本にやってきた外国人建築家のヤンさんが、空港で人とぶつかってばらばらになってしまった荷物を、一つずつ確認しながら戻している場面での会話です。「これは〇〇さんのです」という基本的な日本語表現が、自然で実用的なコミュニケーションとしてドラマに落とし込まれています。

「ヤンさん」が制作された1983年は、応用言語学の分野において、知識偏重の言語学習からコミュニケーション重視の言語学習への移行が盛んに議論されていた時期にあたります。1980年代半ばまでは専ら紙媒体の教材を制作していたJFも、「この日本語表現は、実際にどのような場面で使われるのか」「背景にある日本の社会や生活、文化はどのようなものなのか」といった海外の学習者たちの疑問に答えるため、動きと音声を通して文字よりも一度に多くの情報を伝えることができる映像教材の開発を進めることにしたのです。「ヤンさんと日本の人々」は、当時の最先端の研究が反映された教材であり、日本語映像教材の草分け的な存在として、多くの日本語教育関係者や学習者に高く評価されました。

「ヤンさんと日本の人々」は北米やオーストラリア、中国、ブラジル、東南アジアなどで放映された「テレビ日本語講座(Let’s Learn Japanese)」に使用されて人気を呼び、1996年には続編も制作されました。

デジタル技術が格段に進歩した21世紀になると、映像をメインに据えた教材という流れはさらに加速しました。

例えば、マンガやアニメといった日本のポップカルチャーをきっかけに日本語に興味を持つ海外の若者が急増し、東南アジアを中心に中等教育レベルで日本語教育の導入が進んだ2000年代前半には、学習者にとって身近な年齢層である高校生の留学生を主人公にした日本語学習番組「エリンが挑戦! にほんごできます。」の開発にJFは着手しました。2006年にNHKテレビで初回放映されて以降も、日本語学習のための映像コンテンツとして今なお世界中で活用されています。

豊田エリー演じる留学生エリンと倉科カナらクラスメートのリアルな学園ドラマ「エリンが挑戦! にほんごできます。」は、NHK教育テレビで放映され、その後、さまざまな国と地域に展開。2007年にDVD全3巻が発売、2010年にウェブ版が公開されました。

また、2014年には、英語を媒介とした無料のeラーニング教材「にほんごにゅうもん」を放送大学と共同で制作しました。当時、政府が理工系を含む留学生の受入れを積極的に推進していたことを反映し、スキットの舞台は理工系大学、ナビゲーター役キャラクターは「ロボじい」でした。この教材では、「あいさつをする」「昼ごはんをどこで一緒に食べるか友達と話す」など大学生の生活に即した目標を設定しています。世界中どこからでも、いつでも日本語を学ぶことができます。

さらに、NHKワールドJAPANで長年放映・配信されている日本語学習番組「やさしい日本語 Easy Japanese」の2018年からの最新シリーズは、JFが監修しています。日本を訪れる外国人観光客が年々増加する中、彼らが日本で遭遇しそうな場面を設定し、そこで「できる」ようになることを「Can-do」という目標を通じて分かりやすく示しているのが特徴です。

「Easy Japanese」は各話3分間の番組。東京のシェアハウスを舞台にしたスキット、キーフレーズの解説、生活・旅行情報など盛りだくさんの内容です。

言葉の壁を乗り越え、共により良い社会をつくるために

そして、外国人受入れ・共生のための国レベルでの新たな取組みも背景に、2022年、冒頭に紹介した「ひきだすにほんご Activate Your Japanese!」が誕生します。JFと共同で制作に携わったNHKエデュケーショナルのプロデューサー・水谷陽子氏は、JFのウェブマガジン『をちこち』のインタビューで、「語学学習番組でストラテジーを扱うのは、あまりないケース」と語っています。「(単語や文法と違って)状況によって違ったり、こうも解釈できるし、別の解釈もあるしと正解がなかったり、そういうものを番組にするのは実はすごく難しいところではありました」

それでも、あえてストラテジーに着目した理由は、想定外の場面でも自分が使える日本語や様々な能力を活かし、コミュニケーションの目的を達成する能力こそ、現代の語学学習者が必要とする能力だと考えたからです。「語学学習者が必ずぶつかる壁なんですよね。そこを乗り越えることによって、次のステップに行けるというのは間違いなくて。なので、何とかそれを形にしたいなというのはありました」

「ひきだすにほんご」で紹介される「ストラテジー」には、言語コミュニケーションのちょっとしたコツが詰まっています。日本語を学ぶ外国人だけでなく、日本人にとっても役立つ内容です。©2022 The Japan Foundation / NHK Educational Corporation

主人公スアン役のフォンチー氏は、ベトナム人を両親にもち、自身は日本で生まれ育った日本語ネイティブとして、外国人と日本人、両者の視点を大切にしながらスアンを演じたといいます。「外国人の労働者の方はベトナムだけに限らずすごく増えていて、母国にいる家族のためだったり、自分の将来の夢のために働いている人がすごく多いと聞きました。私は生まれも育ちも日本ですが、同じ外国人として他人ごとでいられないというか、何か少しでも力になれたらいいなと思って、コンビニ店員の女の子にたまに一つ二つ日本語を教えたりしています。この作品を通じて、周りにいるそういう人たちに、優しさとか温かさをもって接してみようと、前よりもより強く感じるようになりました」

日本で生活したり、働いたりする外国人がますます増える中、より良い共生社会に向かって相互理解を進めていくにはどうすればよいか。日本語教育に関わる人々は、現代のコミュニケーションに必要とされる能力について考えをめぐらせ、日々試行錯誤しながら教材を開発しています。外国人と一緒に働く日本人の側にとっても、スアンのエピソードの数々は、誰もが生きやすい社会をつくるためのヒントを与えてくれるでしょう。

※水谷陽子氏・フォンチー氏のコメント出典はこちら
日本語で、ともに生きる<1>主演・フォンチーさん、番組制作陣 インタビュー 『ひきだすにほんご』がひきだす、コミュニケーションのかたち(前編)
日本語で、ともに生きる<2>主演・フォンチーさん、番組制作陣 インタビュー 『ひきだすにほんご』がひきだす、コミュニケーションのかたち(後編)

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