2022.12.08

言語

アジアの日本語学習熱の高まりを受け、
多様化する学習動機に応える

海外の日本語学習者の大半を占めるアジア地域の人々。各国の教育政策や日本との関係によって、学習動機も変化します。国際交流基金は、時代や社会の変化、多様化する日本語学習の需要に応じた事業を展開しています。

世界の日本語学習者の約8割は、アジア地域に住む人々です。アジアの一国である日本の言語が、同じアジアの国々で学ばれている背景には、高度経済成長を経た日本との交流拡大や各国の政策による教育課程への日本語科目の導入があります。加えて、特に若者たちの間では、日本のマンガやアニメなどを代表とするポップカルチャーへの関心も世界共通の学習動機です。そして近年、特に東南アジア、南アジアでは日本で働くためという新しいニーズも生まれています。国際交流基金(JF)は各国の状況や変化する学習動機に合わせて、日本語教育事業を展開しています。

中等教育における日本語学習を推進する東南アジア

近年、日本語教育の機関数・教師数・学習者数のすべてにおいて世界的に大きな割合を占めているのが、東南アジア地域です。世界の日本語学習者の約3割が、東南アジア5か国(インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシア)に集まっています。これらの国々において、日本語学習者数を押し上げているのは、中等教育段階(中学や高校)で実施されている日本語の授業です。

1980年代から、世界的なグローバル化の進展に伴い、これらの国々でも中等教育における外国語教育が盛んになりましたが、西欧を模範とし、西欧の言語の学習を推進する潮流の中で、日本を志向する姿勢を打ち出したのが、マレーシアでした。1981年、マレーシアは日本をモデルとして経済成長を目指す「東方政策(ルック・イースト)」を打ち出します。マレーシアでは、1966年にマラヤ大学人文社会科学部で日本語講座が開講していましたが、東方政策の一環として日本へ留学生を送り出すために、1982年からマラヤ大学予備教育課程、マレーシア工科大学赴日前集中講座でも日本語教育が開始されます。JFはそれを支援するため日本語教育専門家の派遣を開始しました。また、1984年から、ブミプトラ(マレー系およびその他のマレーシア先住民)の優秀な生徒を集めた全寮制中等学校で、国際語の選択科目として日本語教育が開始されました。さらに、2005年からは、一般全日制中等学校でも選択科目として日本語の授業を実施しています。

インドネシアでは、2006年のカリキュラム改定を受けて、高校での日本語学習者が大幅に増加しました。その背景には、JFがインドネシア教育文化省と共同制作した同省検定教科書がすでに存在していたため、日本語を第二外国語として導入しやすかったという事情があります。2013年に発表された新カリキュラムでは、高校では英語が必修で、選択科目に含まれる6言語のひとつが日本語です。JF2021年に行った日本語教育機関調査によれば、インドネシアでは642000人以上が中学・高校で日本語を学習しており、中等教育段階では世界1位の日本語学習者数を誇ります。

タイでは、教育省がJFとともに2013年から4年間にわたって実施した「タイ中等教育公務員日本語教師養成研修」の修了生約200名が公立の中等教育機関に配属され、各校で日本語クラスが新設・拡充されました。また、JFバンコク日本文化センターが中等教育課程向けに制作した『あきこと友だち』は、日本語専攻クラスで広く使用されています。

ベトナムでは、初等教育にまで日本語教育が導入されています。2003年に「中等教育における日本語教育試行プロジェクト」が立ち上げられ、中学校や高校で第一外国語科目としての日本語教育が始まりました。そして2016年からは、初等教育段階(小学3年生から5年生まで)の第一外国語としての日本語教育がハノイ市とホーチミン市の5校で試行開始されたのです。202210月時点で、ハノイでは3つの小学校で日本語が導入され、ベトナムの学術団体や大学の日本語教育専門家と、JFベトナム日本文化交流センターの日本語教育専門家からなるチームがカリキュラム、教科書等の作成を続けています。

このほか、ミャンマーやラオス、東ティモールなど、これまであまり動きの目立たなかった国々でも、日本語学習者の増加や、日本語教育機会を増やす動きが出てきています。こうした国々においても、JFの日本語教育専門家が、現地の日本語教師と協力しながら、カリキュラムや教科書の作成、教師研修などを続けています。

インドネシアでの「EPA(経済連携協定)訪日前日本語予備教育事業」の研修の様子。日本の文化などに関する調べ学習などを通じて、知識を広げます。

日本での就業に備え、日本語と日本文化を学ぶ

東南アジア各国の経済発展に伴い、日本企業の現地進出が増えていくと、就業を目的とした日本語学習へのニーズも出てきました。たとえばベトナムでは、エンジニア等の職種に関し、ベトナム人を積極的に雇用する日本企業があります。そのため、ベトナムでは小学校3年生から始まる外国語教育においてだけではなく、民間の語学センターなどでも日本語が学ばれています。

日本は、2008年にインドネシア、フィリピンとの間で発効した経済連携協定(EPA)に基づき、インドネシア人・フィリピン人の看護師・介護福祉士候補者を受け入れることにしました。来日を希望する候補者は、訪日前と訪日後のそれぞれ6か月、合計12か月間、それら専門職種での実践的な日本語研修を受講します。JFはこのうち現地での訪日前研修を担当しています。

訪日前研修の目的は、「日本での生活と、国内研修で必要な日本語能力と社会文化能力を身につける」こと。基本的な日本語の知識と運用能力に加え、日本と日本人に関する基本的な知識(地理・交通等)や生活習慣、マナーの理解、そして日本の職場習慣や看護・介護の業務場面における文化・習慣の違いを理解するカリキュラムを提供しています。訪日後研修では、こうして習得した内容をベースに「業務に必要な日本語」「看護師・介護福祉士国家試験の日本語」への学びを深めながら、就労に向けた準備を進めていくことになります。

EPA(経済連携協定)訪日前日本語予備教育事業の研修候補生と講師たち。日本で働くことを夢見る若者たちが勉強に励んでいます。

JFジャカルタ日本文化センターで訪日前研修を履修したのち、来日後は横浜の研修センターで研修を受け、看護師の国家試験に見事合格したデウィ・セプチャリニ(Dewi Septyasrini)さんは、当時をこう振り返ります。「看護に関する専門用語はとても難しかったです。患者さんとの会話に必要な日本語をマスターするのも大変でした。でも、日本の看護師の仕事の仕方や技術に関心がありましたから、頑張れました」。JFの研修を経て介護士となったエティ・ノーハヤティ(Ety Noorhayati)さんも、「ジャカルタの研修ではインドネシア語を使わずに、日本語を『あいうえお』から学びました。先生が優しかったので頑張ろうと思いました」と語ります。

訪日後の研修では、日本の生活習慣や文化的背景、業務時の環境や慣行の違いを学ぶカリキュラムが用意されています。研修センターでの座学だけでなく、教室外で日本の文物に直接触れたり、ホームステイをしたりする機会もあります。「来日後研修では国家試験対策という面だけでなく、実際の病院の勤務でも役に立つ学びをたくさん得ることができました」とエティさんは言います。

ホストファミリーとの関わりも、2人にとってかけがえのない思い出となったようです。「ホストファミリーには、電車の乗り方も教えてもらいました」とエティさん。デウィさんも、「苦手な食べ物や、宗教上食べられないものなどに気を配ってくれましたし、日本文化も色々と教わりました。ひなまつりがとても印象的でした」

国家試験合格までの道のりは楽なものではありませんでしたが、日本に来たことで、看護師・介護士になる決心も固まったそうです。「国家試験に合格するのは難しいですが、計画的に勉強すれば無理なことはありません」とデウィさん。エティさんも「日本に行くのはとてもいいチャレンジです。楽しみながら勉強してください」と研修生たちにエールを送ります。

EPA(経済連携協定)訪日前日本語予備教育事業の研修の一環で、日本とフィリピンの恋愛事情について比較し、発表をしているところ。

201941日から在留資格「特定技能1号」が加わったこともあり、今後はさらに就労を視野に入れた日本語学習を必要とする外国人の増加が予想されます。この在留資格を得る際に求められる、主に就労のために来日する外国人が遭遇する生活場面でのコミュニケーションに必要な日本語能力を測定するテストとして、JFでは「国際交流基金日本語基礎テスト(Japan Foundation Test for Basic Japanese, 略称:JFT-Basic)」をアジア諸国を中心に実施しています。また、日本語を母語としない外国人が、日本での生活場面で求められる基礎的な日本語コミュニケーション力を記述した「JF生活日本語Can-do」を学習目標に設定した日本語教材『いろどり 生活の日本語』をウェブサイト上で無料公開しています。時代の変遷とともに多様化する日本語学習者のニーズに合わせ、世界中の人々が日本語だけでなく日本文化も併せて学べるよう、JFでは今後も事業の充実を図っていきます。

 

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