2022.10.12

対話

米国人研究者が解き明かす、
『源氏物語』の奥深き世界

正面玄関ホール198

写真は、2019年に開催された「『源氏物語』展 in NEW YORK~紫式部、千年の時めき~」の会場、メトロポリタン美術館の正面玄関ホールに掲げられた同展のバナー。

国際交流基金では日本と世界の良好な関係を発展させるため、幅広いプログラムを通じて世界の日本研究者を支援しています。その成果はさまざまな形で日本への深い理解を促進しています。

国際交流基金(JF)の事業の3本柱の1つである「対話」には、「日本研究」と「国際対話」の2つが含まれます。JFは創設以来、海外の日本研究者を支援するとともに、各国の有識者に日本との対話を深めてもらうためのシンポジウムや共同プロジェクトを実施してきました。また、国際的な課題の解決に向けた人的ネットワークの形成を促進することも、JFの重要な取り組みの1つです。

長きにわたって日本と海外との相互理解の深化に寄与する日本研究者を増やすため、JF「日本研究フェローシップ」プログラムを立ち上げ、日本研究に携わる学者・研究者を日本に招へいし、研究・調査を行う機会を提供してきました。対象となるのは、人文・社会科学分野の学者や研究者、そして博士論文を執筆する大学院生です。これまで7000名近い研究者がフェローとなって訪日を果たしました。

日本で学び、研究分野以外の勉強の大切さに気づく

2019年、アメリカで開催された日本文化フェスティバル「Japan 2019」の幕開けとなった展覧会を監修した、ハーバード大学のメリッサ・マコーミック教授も、1995年と2013年の二度にわたるJFのフェローです。その展覧会とは、JFがニューヨークのメトロポリタン美術館と共催した「『源氏物語』展 in NEW YORK~紫式部、千年の時めき~」。マコーミック教授と同館のジョン・カーペンター学芸員とが監修し、国宝2 点、重要文化財 9 点を含む絵巻物、掛軸、屛風、書跡、漫画作品まで138 点が一堂に会しました。『源氏物語』がテーマの海外展では過去最も包括的な内容となり、「ニューヨーク・タイムズ」紙や「ワシントン・ポスト」紙などの評価も高いものでした。来場者数は21万人を超え、日本ファンの新規開拓にも貢献したといえます。

McCormick Headshot

メリッサ・マコーミック(Melissa McCormick)先生。ハーバード大学アンドリュー・W・メロン日本美術文化学教授。『源氏物語』と前近代日本の芸術・文学の第一人者。日本の中世の絵巻に関する数多くの論文を英語と日本語で執筆し、文学作品の考察や解釈の範囲と方法を広げています。1995年、2013年の二度にわたりJFのフェローとなりました。Photo by Martha Stewart

マコーミック教授が『源氏物語』に興味を抱いたのは、学部生としてミシガン大学に在籍中のこと。英訳を読み、「源氏物語絵巻」を知って、文字(詞書)と絵(イメージ)が相互に連関し、絡み合っている複雑さに魅了されたといいます。大学院では日本語の古語を学び、くずし字や変体仮名の知識も得ていきました。「翻訳を読んで意味をつかむのも大事ですが、やはり最も古い写本にあたり、紫式部が何を伝えようとし、読者が何を理解したかを考察するのがいちばんです。何かを表現するのに紫式部がどんな語をあてているのか、そこに個性が光るのですから」と、教授は語ります。

1995年、教授はJFのフェローとして訪日します。当時は博士論文の執筆中で、メンターとなったのが学習院大学の千野香織教授でした。「『源氏物語』を研究するなら、建築を含むさまざまなコースもとったほうがいい」との千野教授のアドバイスで、建築史を専門とする神奈川大学の西和夫名誉教授の授業を選択しました。マコーミック教授は当時をこう振り返ります。「西先生とはたくさんの思い出があります。2月の京都でいろんなお寺を回って障子に使われた紙のサイズを測ったり、特別に二条城を案内していただいたりしました。それらの経験を通じて、日本画と空間の関係性を知り、私は自分の研究以外の分野を学ぶ大切さに気づいたのです」

二度のフェロー経験を活かし、『源氏物語』展を成功に導く

2013年にはハーバード大学教授として、再びJFのフェローとなり来日。その後も美術史の研究者として、美術と文学の相互関係に焦点をあてながら、絵画形式から社会史、また美術作品が制作された意図について、学際的なアプローチでより広く深く研究に取り組んでいくことになります。そんなマコーミック教授の幅広い視野が存分に発揮されたのが、2019年のメトロポリタン美術館での展覧会「『源氏物語』展 in NEW YORK~紫式部、千年の時めき~」でした。

源氏物語』展 in NEW YORK~紫式部、千年の時めき~

マコーミック教授が共同監修を務めたメトロポリタン美術館での「『源氏物語』展 in NEW YORK~紫式部、千年の時めき~」では、国宝も展示されました。上はその1つ、俵屋宗達筆「源氏物語関屋澪標図屛風」(静嘉堂文庫美術館蔵)に見入る来場者たち。

源氏物語

展覧会では、紫式部が参詣し『源氏物語』を起筆したとされる石山寺の本堂をイメージした空間が来場者を迎えました。こうした宗教的な面にも光をあてた多角的な展示は、来場者の心に深い感銘を残しました。Photo:Courtesy of The Metropolitan Museum of Art/BFA.com

マコーミック教授はこう語ります。「日米の同僚たちと協働し、国宝や重要文化財も含め、138点にものぼる展示品をニューヨークに持ってこられたのが嬉しかったです。展示は『源氏物語』の受容の歴史にも焦点をあて、時代と共に人々がこの物語をどう受け止めてきたかを見せました。また、『源氏物語』になじみがない来場者に、これが表層的な恋愛物語ではないことも知ってほしかった。もちろん恋愛の要素もありますが、宮廷生活や権謀術数なども描かれ、長きにわたって日本の文化や社会に影響を与えてきたものなのです」

『源氏物語』の世界は現代語訳のみならず、能や宝塚、アニメなど、日本ではさまざまな媒体で表現され、そのつど多彩な解釈が生まれてきました。その中でも特に、多くの人々に親しまれているのが、大和和紀氏の漫画『あさきゆめみし』です。今回の展示では、大和氏による原画を紹介する展示室も作られました。会期中に行われたマコーミック教授とのトークイベントで、大和氏はなぜ『源氏物語』を漫画化したのか問われ、「一枚の絵ですべてを一瞬にしてわかってもらえるのが漫画。『源氏物語』は千年以上も昔に書かれた長い長い小説ですし、登場人物も多く、古典文学なので現代人が読むには根気がいります。けれど漫画ならば、この面白さを多くの人に伝えられると考えました」と述べています。

Yamato Waki Genji 2019

漫画の原画がメトロポリタン美術館で展示されるのは初めてでしたが、『あさきゆめみし』の原画の展示された一室では、多くの観客が長い時間をかけて細部にまで目を凝らしていました。マコーミック教授と大和和紀氏(写真左)を招いてのトークイベントも開催され、大和氏からは、平安時代の建物や小道具、装束を描くための参考資料の入手にまつわる苦労話も語られました。

JFのフェローならではの日本への深い理解と情熱が、『源氏物語』をまったく知らない来場者にも、この物語をよく知る人たちにも本展を新鮮なものとし、21万人超という動員数につながったといえます。フェローシップの意義とは、海外における日本研究を振興し、知日派を増やすこと。そして彼らの興味・関心を知ることは、日本人にとっては今まで気づかなかった自国の個性を知ることにもつながります。多様な人々による多彩な日本研究が、さらなる日本の魅力を世界に発信していくことを期待したいと思います。

2016年、名古屋大学でのワークショップにマコーミック教授が参加した際のひとコマ。右端から反時計回りに:高橋亨教授、鹿谷祐子さん、阿部美香教授、阿部泰郎教授、江口啓子さん、マコーミック教授、末松美咲さん、服部友香さん。

マコーミック教授はハーバード大学で、1年生を対象に「人文学10」という通年のクラスを担当しています。授業は文学のみならず哲学や宗教や伝統文化などに関する、世界に影響を及ぼした名著について教えるもので、『源氏物語』をはじめホメロスからヴァージニア・ウルフ、W・E・B・デュボイスまで幅広く取り上げています。©大和和紀/講談社

 

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