2022.12.28

対話

大平学校から北京日本学研究センターへ、
そして世界に開かれた日本研究の拠点へ

日中国交正常化から今年で50年。半世紀にわたり両国関係を支えた重要な柱の一つが、中国における日本語教育および日本研究の振興です。多数の知日派を輩出し、中国の日本研究機関として中核的な役割を担ってきた北京日本学研究センターの軌跡をたどります。

19729月。当時の田中角栄首相と中国の周恩来首相が共同声明に調印し、日本と中国の国交が正常化しました。その一か月後には、両国の友好の証として、中国から日本へ初めて2頭のパンダが贈られたことも大きな話題を呼びました。

1970年代後半から、鄧小平が掲げた「改革開放」の旗印のもと、中国は市場経済への転換を推し進めていきます。この時、モデルとして注目されたのが日本でした。日本企業の進出など両国の経済関係が緊密化し、人々の往来が拡大することに伴って、中国では日本語教育の需要が一層高まりました。

このような状況を受けて、日中両国の相互理解を促進するため、中国における日本語教育支援が始まります。日中国交正常化時に外務大臣を務めた大平正芳首相と、華国鋒首相の合意により、国際交流基金(JF)と中国教育部の共同事業として、1980年に北京に「日本語研修センター」(通称・大平学校)が設立されました。1985年までの5年間で中国全土の大学の現職日本語教師計約600名が、日本から派遣された専門家より日本語教育および日本事情に関する研修を受けました。

この大平学校を前身とし、中国における日本語・日本研究、日本との交流に携わる人材の養成を目的として、1985年に設立されたのが「北京日本学研究センター」(以下、「センター」)です。センターは、北京外国語大学内に設置された修士課程・博士課程をもつ日本研究の大学院で、日本語学・日本語教育学・日本文学・日本文化・日本社会・日本経済の6つの専攻があります。

JFはセンターの運営に協力し、中国側のニーズに合わせてさまざまな支援を行ってきました。これまでに500名以上の日本の専門家を派遣し、図書の寄贈のほか、修士・博士課程それぞれの学生たちに、資料収集・文献調査を行う訪日研究の機会を提供しています。

センターで積み重ねられた学術交流は、今日の両国関係を築く基礎となり、日本と中国の懸け橋となる多くの人材が輩出されました。これまでに修士・博士あわせて約1000名のセンター卒業生が、日本および中国の各界で活躍しており、知日派として両国関係を支えています。

JFは、センターの学生に訪日研究の機会を提供しています。写真は、日中平和友好条約締結40周年記念事業として行われた修士32期・博士17期訪日研究レセプションの様子。

2000年代に入り中国経済が急成長を遂げると、環境問題や少子高齢化などの「課題先進国」として、日本社会の動向や課題への取り組みが注目されるようになりました。

センターの博士課程に在籍する雷嘉璐さんも、近代以降の日本社会に関心を寄せる学生の1人です。雷さんは四川省の出身。2008年の四川大地震のとき、日本のNPOの支援活動を目の当たりにしたことをきっかけとして日本社会に関心をもち、日本研究を志したといいます。

雷嘉璐さん。2021年10月の新入生入学式にて、博士課程在籍の学生代表としてスピーチをしました。

「北京日本学研究センターは、日本研究をする人にとって夢の殿堂。学部時代は近くの北京理工大学に通っていましたが、その頃からセンターの校門を憧れの眼差しで眺めていました。入学できたことを誇りに思っています。コロナ禍でなかなか日本に来られなかった私たちにとって、毎学期、日本の先生のオンライン授業を聴けたのは本当に貴重な機会でした」と雷さん。「日本は東アジアの中でも一番早いうちに『第二の近代』に入った国なので、日本の試行錯誤の経験を学ぶことは、中国にとっても意義があります。東アジアの国々は、歴史的・政治的には複雑な関係もありますが、文化面では似ていて、強い結びつきがあります。だから、対立するより、協働して一緒に歩いた方がいいと思っています」と語ります。

北京日本学研究センターの図書館。日本に関する文献が約13万部所蔵されています。「センターの図書館がなければ、日本研究の論文は書けません」と雷さんは言います。

現在、雷さんは訪日研究生として東京大学で研究をしています。ゼミでの日本の学生との交流や、JF企画のワークショップにおける他国の学生との交流が、良い刺激になっているといいます。「この人はこのような視点で日本をみているんだ、日本ではこんな取り組みもあるんだ、という発見がありました。自分の研究が行き詰まり、気持ちが沈んでしまった時もありましたが、他の参加者の研究する姿を見たり、意見交換をしたりするうちに、日本研究者に絶対なりたい、研究を楽しもうという気持ちを取り戻せました」

センターにおいても、これまで培ってきた日中間の学術交流の輪を、今後、世界へと広げようとする取り組みが進んでいます。近年では、学生の視野を広げ、国際的発信に必要な能力を高めるため、修士課程向けのオンラインブックトーク(近年出版された新書を題材に、その著者と議論を行うワークショップ)や、博士課程向けの英語による研究発表ワークショップなどの活動が行われています。学生たちにとっては、外の世界に目を向け、世界の第一線の日本研究者と議論を交わす貴重な機会。ブックトークに参加した学生からは、「研究計画を立てるために必要な思考を学べた」「『前提』を疑うような意識を身につけていきたい」「『自分らしい研究』とは何かを考えるきっかけになった」といった声が寄せられています。

センターの学生たち。それぞれの夢に向かって、切磋琢磨しながら研究に励みます。

国境を越えた学術交流の意義について、センターの日本側主任教授である園田茂人教授は、「他国の研究者と交わると、自分たちの知識のつくられ方や、これから知るべきことについて、冷静に考えることができるようになります。それぞれの国で独自に研究していたことが、実は他国にも共有可能な、普遍的な価値のある研究だった、とわかることもあります」と語ります。

東京大学東洋文化研究所教授であり、北京日本学研究センターの日本側主任教授を務める園田茂人教授。学生時代にちょうど改革開放期にあった中国に関心をもち、中国研究の道へ。

「センターは中国における日本語教育のニーズに応えるところから始まりました。そこから、言語を超えた理解を求めて日本研究支援へとシフトし、30年以上にわたり広大な中国をカバーする日本研究拠点として機能してきました。この先は、学生交流や共同研究を通じた世界の日本研究者との対話を重視し、それぞれの地域で培ってきた知識を共有するプラットフォームとなるべきだと考えています」と園田教授は続けます。

中国の日本研究の拠点から、世界に開かれた日本研究の拠点へ。北京日本学研究センターはこれからも進化を続けます。

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