2022.10.12

文化

響きあう魂――
「ジャポニスム2018」が残したもの

日本文化フェスティバル

写真は、「ジャポニスム2018」公式企画「エッフェル塔特別ライトアップ<エッフェル塔 日本の光を纏う>」の模様。初めて欧州に渡った国宝≪風神雷神図屏風≫(俵屋宗達筆、建仁寺蔵)(部分)をはじめ、日本を象徴するさまざまな図柄が次々にエッフェル塔に映し出されました。企画・プロデュース 石井幹子&石井リーサ明理

国際交流基金が長年にわたり注力してきた大規模な日本文化フェスティバル。幅広い日本ファンを創出する上で重要なのは、全体のコンセプトと開催国や関係者とのコラボレーションです。

 国際交流基金(JF)では、日本文化のさまざまな魅力を工夫して紹介しています。その真髄が凝縮されているのが、大型日本フェスティバルです。特に、波及効果という点で成功を収めたのが「ジャポニスム2018:響きあう魂」でした。日仏友好160周年の節目である2018年に、JFが事務局となり企画から実施までを担った、かつてない規模の日本フェスティバルです。「“知られざる日本を紹介したい。アピールしたいことは、この一言に尽きます」と、事務局で事務総長を務めた安藤裕康理事長(当時)は述べています。

「ジャポニスム2018」が重視したコンセプトは、日本人の美意識と日仏の共鳴でした。人間は自然の一部であると考え、自然を崇め敬ってきたこと。調和を重んじ、寛容の精神で多様な価値観を共有し共存させてきたこと。そのような日本人の感性を、縄文の昔から現代のデジタルアートに至るまでの流れの中で、フランスの人々と分かちあおうというのが、「ジャポニスム2018」での試みでした。

それまでに、海外で行われた大型の日本フェスティバルでは、ともするとコンセプトが開催国の見たい日本観に偏る傾向がありました。「ジャポニスム2018」は日仏共同プロジェクトであり、JFが重視したのは、日仏双方が意見を出し合い練り上げたプログラムによって、知られざる日本観および日本人の精神性を伝える、ということでした。

1981~1982年にイギリスで開催された大型日本フェスティバルの中心企画「江戸大美術展」(JF主催)は、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの要請で企画され、日英間での4年半の協働作業を経て開催されました。国宝を含む美術品500点が展示され、5か月の会期中に52万人超を動員。当時の海外展示としては質・量ともに空前のものでした。

1867年に開催のパリ万博において日本の美術工芸品が紹介されたことで、日本文化は国際社会に広く知られ、「ジャポニスム」という言葉が流行しました。それから約150年後の2018年、プロジェクト名を「ジャポニスム2018」とし、「2018」を付記したのには、それまでのオリエンタリズムへの憧憬を含んだ19世紀のジャポニスムから一線を画し、日本人の「いま」を伝えるとの思いが込められています。

古代から現代まで、知られざる日本文化を紹介

しかし、開催までの道のりは平坦なものではありませんでした。たとえば、「若冲―〈動植綵絵〉を中心に」展の企画に対し、フランス側の当初の反応は「若冲? 聞いたことがない、北斎ならば考える」というものでした。そこから対話を重ね実現された若冲展には、4週間という限られた会期で75000人が来場し、会場となったプティ・パレ美術館前に長蛇の列ができるほどの盛況となりました。フランスの文化情報誌『テレラマ』は「見終わった後も余韻が覚めない」「若冲の天才は細部に宿っている」と評し、「この展覧会は、おそらく日本が我々に差し出した最も美しい贈り物ではないか」と記事を結びました。

若冲(プティ・パレ前行列)

「若冲―〈動植綵絵〉を中心に」展の会場となったパリ市立プティ・パレ美術館前の長い行列。欧州初の本格的な若冲展は、熱狂的に迎えられました。

プロジェクト名にある「響きあう魂」は、「日仏の共鳴」というコンセプトを反映したものです。公式企画としてフランスでは初の展示を行ったチームラボは、観客が作品の一部となれる新たな体験型デジタルアート展「teamLab : Au-delà des limites (境界のない世界)」をラ・ヴィレットで開催し、デジタル世界の中で自然に没入する体験を生み出しました。このアート展には約30万人が来館しました。会期中は子どもの歓声が絶えず、来場者からは「チームラボ展での体験は、ここでしかできない旅に出たようだった」などの感想が寄せられました。

Universe of Water Particles on Au-del`a des limites_main_high

チームラボの展覧会は、デジタルによってリアルタイムで描かれたいくつもの作品同士が混ざりあい、人々の存在によって変化していく空間でした。境界のないアートに身体ごと没入する体験で、大人気となりました。Exhibition view, teamLab : Au-delà des limites, 2018, Grande Halle de La Villette, Paris ©teamLab

言葉を超えた共感の場は、チームラボの展示だけではありません。フェスティバルの総合コンセプトを体現した「深みへ―日本の美意識を求めて―」展は、19世紀の邸宅を改修したロスチャイルド邸で開催されました。ANREALAGEや真鍋大度、北斎や仙厓といった新旧の日本のアーティストの作品と共にピカソやゴーギャンの作品も展示され、空間全体で東西の対話を生み出そうとする意欲的な試みでした。SNS上では、来場者から「日本の美意識に浸れる展覧会だった」との感想が多く上がりました。

舞台公演も雅楽から現代演劇やダンス、ボーカロイド(初音ミク)2.5次元ミュージカルまで幅広い企画が実現しました。また、日本映画100年の歴史を紹介する大型特集上映会や、テレビでの日本特集も組まれました。日本食・日本産酒、工芸から日本各地の祭りの紹介、さらには、柔道、茶道、華道、禅、文学に関連したイベントなども開催され、熱心な日本ファンからあまり日本を知らない人まで、多くの来場者が日本文化を楽しみました。ジャック・ラング元フランス文化大臣は、「『ジャポニスム2018』によって、我々はステレオタイプとは程遠い日本を目にすることができました」と述べています。

初音ミクのフランス公演

「ジャポニスム2018」の公式企画として行われた、初音ミクのフランス公演は、初の欧州ツアー「HATSUNE MIKU EXPO 2018 EUROPE」の初日ともなりチケットは即完売。会場のラ・セーヌ・ミュージカルには多くのファンが駆け付け、公演後のアンケートでは、回答者の全員が日本への親近感が増したと回答しました。

大事なのは、未来へとつなげていくこと

「ジャポニスム2018」は会期の8か月間に、日仏合わせて50以上の都市で、300以上の催事が行われ、来場者数は353万人に上りました。これはパリ市民220万人を上回る数です。多種多様な企画を通して日本人の美意識と価値観を伝えることができた8か月でしたが、一過性のものに終わらせないためには、「その後」の継続が肝心です。

公式企画の1つに、日仏の高校生たちが交流した「高校生プレゼンテーション発表会」がありました。会期中は互いに自分たちが調べ、考えたことを発表しあい、閉幕1年後の20202月、JFはこの企画に参加したフランスの高校生を日本に招き、ホームステイや日本文化体験、日本の高校への1日体験入学などの機会を提供しました。その後もオンラインを活用し、高校生同士の交流がはぐくまれています。

高校生プレゼンテーション発表会

若い世代が主役となった公式企画「高校生プレゼンテーション発表会」では「日仏交流、この人に注目!―ジャポニスム2018につながる人と歴史―」をテーマに、日本とフランスの高校生たちがパリ日本文化会館でプレゼンテーションを行いました。Photo:©MIHO

「ジャポニスム2018」の興奮が覚めやらぬ中、2019年には舞台をアメリカに移し、「Japan 2019」という日本フェスティバルが開催されました。ワシントンD.C. およびニューヨークを中心に、JFは公式企画 8件を実施。このうち3つの大型美術展は、JFのフェローとして日本での研究滞在経験を持つアメリカのキュレーターが監修したものです。長年にわたる日本研究と日米交流が結実した展覧会は、ユニークな切り口で日本美術の魅力を紹介するものとして現地メディアにも取り上げられ、高い評価を受けました。

文化芸術交流は、人々の心に直接的に訴え、言葉を超えた共感の場をつくり出し、共に発見し創造する喜びを分かちあうことで、幅広い日本ファンを創出する事業領域。その真髄が発揮される日本フェスティバルは、変わることのない日本の魅力と、絶えず更新される日本の新たな“顔”をお披露目する絶好の機会です。JFはこれからも、こうした日本文化の多面的な魅力を感じていただける良質な企画を、多くの方の協力を得て世界各地で実現していきます。

日本美術における神性の発見

「Japan 2019」の公式企画の1つ、「神道:日本美術における神性の発見」展の展示風景。神仏習合など6つのテーマを通じ、神への畏敬の念が日本美術に与えてきた影響を紐解きます。本展を監修したクリーブランド美術館のシネード・ヴィルバー日本美術学芸員は、2002年度のJFフェローとして東北大学で研究活動を行いました。Photo by David Brichford; courtesy of the Cleveland Museum of Art.

 

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