2022.11.17

対話

アメリカ各地で受け継がれる
日米草の根交流のバトン

アメリカの中でも日本との接点が少ないコミュニティで日本文化を発信する「JOI(Japan Outreach Initiative)プログラム」は、2022年で20年目を迎えました。創造的で熱意に溢れる日米交流の担い手たちの奮闘が、市民レベルでの友好の輪を広げています。

1991年に創設された日米センター(2022年4月に国際対話部に改編)は、日本の重要なパートナーであるアメリカとの交流を促進するため、ふたつのアプローチで事業を実施してきました。ひとつは日米の有識者や専門家の共同研究を支援する知的交流、もうひとつが、市民レベルの相互理解を促進する草の根交流です。ここでは後者の活動に焦点をあてます。

アメリカの人々の心に、「日本へのアンテナ」を

アメリカにおける日本の存在感が大きくなるにつれ、日本語教育や日本文化への関心も拡大していきました。その支援策として、国際交流基金(JF)は1992年からアメリカの中等教育現場に日本語のティーチング・アシスタントを派遣する「JALEX(Japanese Language Exchange)プログラム」を実施。その発展形として2002年に始まったのが「日米草の根コーディネーター派遣プログラム」(通称・JOIプログラム)です。同プログラムでは、主に中西部や南部、山岳部といった、日本との接点が少ない地域を対象に、市民向け講座や学校訪問を通じて日本文化を紹介する日本人のコーディネーターを2年の任期で派遣しています。こうした地域では、日本企業が進出しつつあった一方で、日本についての理解が進んでおらず、そのギャップを埋めることが急務でした。

JFと共同で「JOIプログラム」を運営するアメリカのNPO団体「ローラシアン協会」で長年にわたり副会長を務めたマリ・マルヤマ氏は、JOIコーディネーターの存在によって日米の交流が花開く瞬間を、数多く見てきたと語ります。「ホストタウンでは、日本の場所すら知らない人も多くいます。日本ではアメリカのニュースが日々伝えられますが、アメリカでは、よほどのことがない限り日本のニュースは流れません。しかし、JOIコーディネーターと知りあうことで、彼らの暮らしに日本のことを気にするアンテナが加わります。それまで日本と無縁だった人が、『あなたの国のことをテレビでやっていたよ』と、共感をもって日本について話すようになるのです」

マリ・マルヤマ氏(写真左から2番目)とJF職員。ローラシアン協会は、JOIコーディネーターと地域のマッチングや、コーディネーターの現地での生活や活動の支援を行っています。

2002年の第1期から2022年の第20期まで、93名の日本人を派遣してきた「JOIプログラム」。年齢も経歴も多様な応募者の中から選考を通過し、研修を受けた個性豊かなコーディネーターが、独自のアイデアとチャレンジ精神を携えてアメリカに渡り、日本の魅力を伝えてきました。彼らが手がける交流活動に参加した現地の人々の数は、のべ113万人にのぼります。

パンデミックを乗り越えて開催した「日本祭り」

2019年8月より2年間、南部ミシシッピ州に派遣された第18期コーディネーターの末松大輝さんは、コロナ禍という逆境にもめげず、大規模な「日本祭り」を運営して大成功を収めました。「中学生の頃から、海外の人に日本をもっと知ってもらい、日本を好きになってほしいという思いがありました」と語る末松さん。派遣先のミシシッピ州ジャクソンはアフリカ系アメリカ人が人口の過半数を占める都市で、日本人はほとんど見かけません。人々が知る日本のイメージもアニメ以外になく、初めて話した日本人は末松さんという人が大半でした。「日本文化はアニメだけ、と思われるのは悔しくて。太鼓や歌舞伎、J-POP、食文化、コンビニで美味しいおにぎりが買える便利さ……。伝えることがたくさんあると思って、逆にやりがいを感じました」

ミシシッピ州で開催された日本祭りの様子。担当した末松大輝さんは、JOIの同期や先輩コーディネーターの人脈も活かしつつ、SNSを通じた広報に力を入れました。「コロナ禍で、現地の方たちも人との交流を求めていたんだなと感じました」と末松さんは成功の要因を分析しています。

日本祭りのアイデアは早い段階から温めていたそうですが、渡米して半年も経たず新型コロナウイルスの感染が拡大し、外出ができない状況に。また、任期中に一時帰国も余儀なくされるなど、不安で落ち込むこともありました。それでも、オンラインでの活動やコーディネーター仲間との情報交換を通じて、交流へのモチベーションを保ちながら着々と準備を進めました。日本企業に協賛を依頼したり、最寄りの日本総領事館に声をかけて日本舞踊や太鼓などのパフォーマーを他州から招くことを計画したり、末松さんが企画した日本祭りは州を超えたビッグイベントとして、多くの人々を巻き込んでいきました。

末松さんはこう振り返ります。「日本祭りには1000人以上が来場し、手応えを感じました。一方で、活動を継続させていくことが課題です。ミシシッピなど南部の州では、他のアジア諸国に比べて、日本人のコミュニティは小さくて弱いです。今後も交流を継続し、日本の存在感を示していくには、もっと日本人が海外のことを知る機会や、海外に出るチャンスが必要だと思います」

脈々と受け継がれる日米の交流

いずれは日本の教育界で、海外で活躍することを目指す子どもたちを増やしたいと願う末松さん。マルヤマ氏も、子どもや学生の心に種をまく草の根交流は「ソフトパワー」だと話します。「日本の学校に赴任する外国語指導助手に、なぜ日本に行きたいのか尋ねたところ、『子どもの頃、小学校に日本の人が来て、折り紙を教えてくれました。その時にもらった折り鶴をまだ大切にしています』と話してくれた人がいました。子どもの頃のJOIコーディネーターとの出会いが、彼らの原点となっているのですね」

JOIコーディネーターとしての2年間の任期を終えた末松さんは、現在はテキサス州の大学で日本語講師として働きながら、語学教育の修士課程に在籍しています。将来は日本で教育に関わり、海外での活躍を目指す子どもを増やしたいと言います。

人々の心の中に根づいた小さな種のひとつひとつがやがて花開き、さらなる交流の種を生むことを信じて。
JFはこれからも、種をまきつづけていきます。

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