2022.11.17
対話学際的な日本研究の機会を欧州の若手に提供する、英国・セインズベリー日本藝術研究所
国際交流基金と欧州の日本研究には長きにわたる関係があります。そのつながりを振り返ると共に、イギリスのセインズベリー日本藝術研究所を例に最近の欧州の日本研究の動向を見てみましょう。
欧州における日本研究は長い歴史を持っており、その起源は16世紀に来日したキリスト教宣教師たちの記録に遡るともいわれます。欧州の高等教育機関では1855年、オランダのライデン大学に日本学科が設立されるなど、各国で日本研究が独自の発展を見せてきました。
1973年、オックスフォード大学において欧州の主要な日本研究者を集めた会議が開かれ、欧州日本研究協会(EAJS:European Association for Japanese Studies)が設立されます。各国の研究者たちの相互連携を促し、多様な視点を持った研究分野として日本研究を活性化させることが必要とされていたのです。1975年には国際交流基金(JF)とEAJSの共催による欧州日本研究者会議がJFローマ日本文化会館で開催され、以後3年ごとに各国で持ち回ることになりました。以来、EAJSは日本も含めた世界各地の日本研究者が集い、成果や経験を共有し、新たな世代を育成するかけがえのない役割を担ってきています。会員は現在、約50か国に広がりました。
1974年には、イギリスの日本研究を振興するため、英国日本研究協会(BAJS:British Association for Japanese Studies)が設立されました。JFでは学会開催に協力したり、次世代の日本研究者育成のためのワークショップを共催するなど、その活動を長く支援しています。EAJS、BAJSなどの活動を通じて得られた研究者間のネットワークは、メンバー同士の情報交換を活発にし、互いの研究を高めあうことにもつながっています。
最新技術を通じて、古代と対話できる現代人
EAJSの活動を含め、欧州内外で日本研究者の育成やネットワーク強化に取り組んでいるのが、イギリスのセインズベリー日本藝術研究所(以下、セインズベリー)のサイモン・ケイナー教授(総括役所長)です。セインズベリーは1999年、日本の芸術と文化に関する知識と理解を促進するために設立された研究所で、イーストアングリア大学と提携関係にあります。扱うジャンルが幅広く、イギリスにおける日本の文化芸術研究の主要な拠点として非常にユニークな立ち位置を保っています。JFは、セインズベリーが開催する国際会議やワークショップに助成したり、2012年には、大英博物館での火焔土器の展示期間中、ロンドンで縄文時代や縄文土器に関する講演会を共催するなど、さまざまな形で支援を行っています。イーストアングリア大学で日本研究センターの所長も務めるケイナー教授に、ご自身の研究および欧州の日本研究の動向について、お話を伺いました。
ケイナー教授の専門は、日本の先史時代の考古学です。ケンブリッジ大学在学中、指導教官のジーナ・リー・バーンズ教授とともに4週間、日本を訪れ、古代の水田調査や古墳の発掘作業に参加。考古学の泰斗、近藤義郎・岡山大学教授との出会いがあり、その後、日本の先史時代を研究対象に定め、京都大学で学びました。
ケイナー教授は考古学の魅力をこう語ります。「考古学は、あらゆる人が人間の多様性にアクセスできる学問です。人類史の奥行や幅が見えます」。たとえば、日本にもイギリスにも「ストーンサークル」があります。秋田県鹿角市の世界遺産「大湯環状列石」は、縄文時代後期(約4000年前)の遺跡。一方、イギリスのストーンヘンジの環状列石はほぼ同じ頃、紀元前2500年から紀元前2000年の間につくられたといわれます。大湯環状列石を含む「北海道・北東北の縄文遺跡群」の世界遺産登録に合わせ、教授はストーンヘンジ・ビジターセンターでの展示「環状の石:ストーンヘンジと日本先史時代」を計画しました(2020年開催予定が新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延により2022年9月に延期)。
展覧会に際し、ケイナー教授は日本の環状列石をドローンで撮影し、そのデータを3D化して仮想空間で360度どこからでも見られるようにしました。大湯環状列石についても、すでに3D化されたデータが存在します。「学生たちも、こういった最新技術を使うプロセスにはとても魅了されているようです。VR(仮想現実)などの技術や、彼らが得意とするSNSを駆使して、若い世代はそれぞれのやり方で先史時代の遺物と対話しています。先史時代の人々がなぜこういったものを作ったのか、彼らはどのような生活を送っていたのか。考古学は、わくわくするような新しい方法で、人間をめぐる物語を見せてくれるのです」
セインズベリーは、新たなテーマに挑戦できる研究所
セインズベリーは2020年に、イーストアングリア大学において「学際日本学修士課程」という新たなプログラムを始めました。同課程について、ケイナー教授はこう語ります。「多彩な分野において、日本に関することをたくさん研究するプログラムです。美術史、近代史、考古学、文学、政治学などさまざまな分野を学ぶことができます。そもそも日本語を学んだことのない学生や、今後のキャリアにおいて日本研究を続けるかどうか迷っている学生たちも、学際的なアプローチに接することで、今後の進路に関して大きなヒントを得る可能性があります。実際、オックスフォード大学で心理学を勉強した後このプログラムに参加したある学生は、ぐんぐん頭角を現し、もっと日本のことを学びたいと文部科学省の奨学金を得て立命館大学に留学しました」
セインズベリーで学べる領域は、考古学から工芸、美術、マンガやアニメ、デジタル技術など実に多彩です。ケイナー教授はこう述べます。「私たちは、日本研究を志す人々に、あらゆる面でベストな高等教育を提供したいと考えています。ここでは先史時代から現代、北海道から沖縄にわたって日本に関する研究ができます」
一生を日本研究に捧げるかは大きな決断ですが、欧州の若手研究者たちはどのようなテーマを選ぶ傾向にあるのでしょうか。「日本の芸術文化はもちろん、それ自体として人気がありますが、最近では日本が世界に対し芸術文化の面でどのように貢献しているのかなど、学生たちは新しいテーマを次々と見出しています。セインズベリーは幅広い研究分野と学際的なアプローチを提供しています。伝統的な日本研究の分野に強い専門機関は他にもたくさんありますが、ここは誰も手がけていない新たな研究領域に挑戦できる研究所なのです」
セインズベリーで人気の高い、日本美術・文化資源研究プログラムについて、ケイナー教授はこう説明します。「JFの支援を受けて2011年にスタッフを増員できました。日本の現代文学に関するプログラムを2020年にイーストアングリア大学で開始できたことについても、ご協力に感謝しています。どちらも、日本研究に取り組む各大学の学生に対し、自信を持って勧められるプログラムになりましたし、学生の研究活動を支援する上でも、研究者たちのネットワークを広げる意味でも、大きく貢献していると思います」
JFはセインズベリーをはじめ、欧州の研究機関や学会組織とともに、今後も日本研究に関心を持つ若手研究者たちの挑戦を応援していきます。
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