2022.11.17
その他国境を越えて被災経験や教訓を学びあい、
未来に向けて防災教育の種をまく
東日本大震災の発生から3年目となる2014年以降、国際交流基金はアジアなどとの文化交流を通して、防災教育の人材育成に資する事業に継続的に取り組んできました。
東日本大震災の1年後に始まった、復興支援における国際交流基金(JF)のさまざまな取り組み。東北の復興が徐々に進んだ2014年以降、JFはそれまでの短期事業から、持続性を視野に入れた長期的な取り組みへと移行しました。被災の経験や教訓を国際社会と共有しながら、被災地のコミュニティ再生や活力の回復につながるような、数々のプログラムが行われています。
未来の防災をデザインする「HANDs!プロジェクト」
2014年から2020年に実施された「HANDs!(Hope and Dreams)プロジェクト」は、防災の担い手を育成する事業です。アジアの9か国からさまざまな背景をもつ若者が集まり、各国の被災地を訪れ、研修や交流を通じて防災について学びあうプロジェクトでした。自然災害が多発するアジアの中には、日本とは異なって避難訓練の経験もなく、災害に対処するノウハウをもっていない地域もあります。若者たちは、専門家や参加者同士の意見交換を通じてアイデアを出しあい、地域による災害の種類や特徴、また生活文化への理解を深めた上で、容易に入手できる材料を用いた、防災のアクションプランを作り上げました。
2014年から2018年までの5年間で、100名の防災教育のリーダー(HANDs!フェロー)を育成し、各地で防災教育や被災地支援を行いましたが、その始まりはメガホンでした。東日本大震災の直後にJFが行ったプログラムに共感した大阪府の電機メーカーが、メガホン200台を製作し、100台ずつをチリとインドネシアに寄贈したのです。それをインドネシアで受け取ったJFのスタッフが「このメガホンを使って、みなさんのコミュニティで防災のためにどんなことができますか?」と現地の青少年に呼びかけてコンペティションを開き、これが「HANDs!プロジェクト」へと発展していきました。
長年このプロジェクトを支えた総合アドバイザーの永田宏和氏(NPO法人プラス・アーツ理事長)は、活動をこう振り返ります。「このプロジェクトの一番の強みは、現場で学べることだと思います。境遇もバラバラな若者たちが被災地に行って、現場の人の話を聞き、国の垣根を越えて話しあいながら、それぞれの専門性を活かして短時間で防災のプログラムを作る。そして、それを地元の子供たちと一緒に実践する。こんな豊かな研修はなかなか経験できません。私自身、アドバイザーでありながら、ああそういう考え方があるんだ、そうきたか、と気づかされることの連続でした。訪問する国や地域で文化や事情が違うので、それぞれに合わせたプログラムを作る、つまりローカライズするわけですが、それを1年で4か国行うのは相当にハードで、でも、だからこそ非常に刺激的で、若者たちの学びは相当大きかったと思います」
タイでゲームデザイナーとして活躍するラッティコーン・ウッティコーン氏は、現地で開催された防災ワークショップで永田氏と出会い、のちに「HANDs!プロジェクト」のアドバイザーになった1人です。日本の防災ゲームのタイへのローカライズにも関わっています。「タイは2011年7月から2012年1月にかけて大洪水に見舞われ、大きな被害を出しました。その時、私たちはいかに災害に対して準備不足であったかを思い知り、次に起こりうる災害への備えを学ぶ必要性を痛感しました。のちにJFがタイで防災ワークショップを開催していることを知り、そのひとつに参加して永田宏和さんと出会いました。永田さんは、人々を惹きつけて教育するためのツールとしてゲームを使っていて、これを機に、私たちはゲームのローカライズプロジェクトで協働するようになりました。ワークショップ参加者の中には、ゲームデザインが未経験で、初めは『自分にできるだろうか?』と不安を抱く人もいます。でも、その人たちが何度も実践していくうちに、徐々に自信をつけていくのです。この『私にできるだろうか?』から『私にもできる!』への意識の変化は、防災プログラムの持続可能性を高める、非常に強い推進力だと思います」
アジアからアメリカへと、広がる防災教育
JFは、アジアで学びあった災害に対する経験を、アメリカでも共有しています。2018年秋、ニューヨークのパーソンズ美術大学と共催した「Earth Manual Project-This Could Save Your Life」展は、日本の専門家たちが、被災者への徹底的なインタビューをもとに、クリエイティブな発想で生み出した防災教育、災害対応、被災地支援の取り組みを取り上げるとともに、「HANDs!プロジェクト」などを通じて、東南アジア諸国で生み出された成果も紹介しました。
本展開催のきっかけは、米国屈指のデザイン高等教育機関である同大学の教授がタイを訪れた際、JFバンコク日本文化センターが開催していた同名の展覧会を視察し、その社会的意義を評価したことでした。ニューヨークでの開催にあたっては、JFと、本展の監修者である永田氏をはじめとする日本の専門家たちが、同大学の教授陣や学生たちと数年間にわたり対話を重ね、展覧会の内容を再構成しました。
この展覧会に向けて、同大学で集中講座「防災とデザイン」が立ち上がりました。学生たちはアジアの手法に学びながら、ハリケーン、大停電、テロ事件など米国の事例を取り上げ、「デザインは災害にどう立ち向かうか」というテーマでさまざまなアイデアを出しあいました。この成果は展覧会で合同展示され、大きな注目を集めました。さらに、本展の関連企画として、地元小学校での防災ワークショップや、日本・米国・東南アジア諸国の専門家によるパネルディスカッションなどを開催し、幅広い層の人々と防災教育の重要性を共有しました。
アジアとアメリカ、それぞれの地でまかれた防災教育の種。「地域に寄り添った防災を考える担い手が育ってくるのが楽しみ」という永田さんの言葉が実現する日も近そうです。
今日もなお、世界各地で自然災害が発生し、その頻度は増しています。多くの災害を経て培われた日本の知見を、文化交流によって世界の人々と共有する――それは、日本にとっても学びの多いプロセスです。JFはこれからも試行錯誤を重ねながら、文化交流を通じて心の復興に寄与し、災害に強い社会の構築につなげるための努力を重ねます。地域の伝統、文化の力を信じて。
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