2022.12.09

文化

見知らぬ文化や日常に触れられる国際映画祭は、 世界の多様性を知る絶好の機会

2022年2月に行われた「オンライン日本映画祭」公式サイトのトップページ。

海外での日本映画祭や国内での外国映画祭を通じて得られるものは、日本への高い関心と、映画ファンや映画人相互の強い絆。そして、いかに文化や価値観が多様かということへの発見と理解です。

ある国・地域の文化や日常を映し出す映画は、見る側にとっては見知らぬ世界へ通じる窓であり、作る側にとってはときに、自分たちの認識する世界の写し鏡となるものです。映画はまさに、文化交流のよき担い手なのです。

国際交流基金(JF)では設立以来、各国語の字幕を付けた日本映画を所蔵し、世界各地の在外公館、文化機関、映画祭などと協力して上映してきました。近年、JFが海外で実施した中でも類を見ない規模の日本映画特集となったのが、パリを中心にフランス各地で開催された日本フェスティバル「ジャポニスム2018」の公式企画「日本映画の100年」でした。1920年代に始まった日本映画の歴史を、日仏の専門家が共に選んだ作品でたどる特集で、JFがシネマテーク・フランセーズほかと共催。無声映画から最新作まで119本が上映され、日本からも多くの映画人がゲストトークに登壇しました。プログラムの一部はその後、フランスの他都市でも上映され、各地で多くの観客を集めました。

広がりを見せる日本映画祭ネットワーク

世界中の幅広い人々に日本映画の魅力を届けたいとの願いを込め、JFが開始したのが、日本映画の最新の話題作を各国語字幕付きで紹介する日本映画祭(JFF:Japanese Film Festival)です。2016年、東南アジアとオーストラリアで始まり、その後中国、インド、ロシアに拡大、累計動員数は65万人を超え、大きな反響を呼んでいます。

JFFの開催にあたっては、各国の映画専門機関との連携を重視しています。たとえば、シンガポールでは、長年、日本映画祭を実施してきたシンガポール・フィルム・ソサエティ(SFS : Singapore Film Society)が現地の協力機関となっています。SFSのチェアマンを務めるケネス・タン氏は、こう語ります。「1983年に始まった日本映画祭は、シンガポールで最も長い歴史を誇る映画祭です。JFと日本大使館と私たちSFSとは長きにわたり本当の意味でのパートナーシップを築けています。次回はどんな作品を上映し、どんなイベントをするか、誰を呼ぶか、すべてを対等に話せる関係にあり、日本映画祭は私たちにとって毎回企画するのが楽しみなイベントです」

ケネス・タン(Kenneth Tan)氏。シンガポール・フィルム・ソサエティ(SFS)のチェアマン。メディアコープTVのCOO及びメディアコープラジオCEO、ゴールデンヴィレッジ常務取締役、メディア開発庁長官補などを歴任しています。1983年以来、シンガポール日本映画祭を担当し、2020年に日本から外務大臣表彰を授与されました。Photo:©SingaporeFilmSociety

このような深い信頼関係が日本映画祭のプログラムをいっそう充実させていると、タン氏は語ります。「シンガポールの観客は、日本とシンガポールとの共通点や違う点を発見することに喜びを感じています。私はSFSの企画する上映イベントでは必ず客席に最後まで残って、観客の声を聞くことにしています。2021年の日本映画祭で上映した『今日も嫌がらせ弁当』という作品は、反抗期の娘とシングルマザーとの弁当をめぐるやり取りを描いたコメディですが、上映後に、ある若い観客が『日本では親が子供のためにお弁当を作るんだ、そうするのはアメリカ人だけだと思っていた』と驚いていました。シンガポールでは、弁当は外で買うものですからね。シンガポール人は食への関心が強く、あの映画にはとても共感できたようです」

2021年のシンガポール日本映画祭の模様。両国の外交関係樹立55周年にちなんで日本とシンガポールが共同制作した映画の上映や、濱口竜介監督特集など、多彩なプログラムで観客を魅了しました。Photo:©SingaporeFilmSociety

JFFではオンラインによる発信にも力を入れています。コロナ禍の影響を大きく受けた2020年には日本映画のストリーミングサービスを開始。2022年のオンライン日本映画祭では20作品を2週間にわたって25か国に配信し、約32万人が鑑賞しました。視聴者からは「今後もオンライン+オフラインのハイブリッドで日本映画祭を実施してほしい」(インド)、「面白くて、独創的で、ためになる、何より楽しい日本映画を私たちに共有してくれてありがとう」(エクアドル)といった声が寄せられています。これからはリアルとオンラインの融合を深化させ、海外における日本映画ファンのいっそうの拡大を目指します。

世界との絆をつなぐ、日本での外国映画祭

一方、JFが異文化理解促進の一環として取り組んできたのが、日本国内での外国映画祭です。とりわけ、上映機会の少なかったアジア映画の紹介には力を注いでいます。1982年にJF設立10周年を記念して企画した「国際交流基金映画祭―南アジアの名作をもとめて」(略称・南アジア映画祭)では、インド、インドネシア、フィリピン、スリランカ、タイの5か国から11本の映画を招致し、東京を皮切りに全国を巡回しました。

南アジア映画祭で上演されたインド映画『ミュージカル女優』(『BHUMIKA』)。女性を描くのが得意とされたシャーム・ベネガル監督による1977年の作品です。

南アジア映画祭企画委員会の副委員長を務めたのは映画評論家の故・佐藤忠男氏でした。かねてより、映画を観ることで他国への敬意を伴った理解が進むと確信していた佐藤氏は、1980年、JF発行の雑誌『国際交流』にこう寄稿しています。「タイ映画の美しさ、フィリピン映画の激しさ、インドネシヤ映画の気骨。映画をつうじてわれわれは尊敬し合うことができる。(中略)国際文化交流ということが、もし本当に交流であって、一方的な売り込みのことではないのであったら、東南アジアで日本映画祭をやるだけでなく、アジア各地の秀作をよりすぐって日本でも一般に見られるようにしたらいいと思う」

南アジア映画祭は全国各地の巡回上映で計5万人を動員。東京会場では入場を待つ人々が建物の周りを取り囲み、現在でも多くの映画ファンや映画研究者、文化人類学者、アジア研究者などが「あの映画祭がきっかけとなってアジア文化への関心を深めた」と異口同音に述懐するほどの強い印象を残しました。JFは1984年に「アフリカ映画祭」、1988年には「ラテンアメリカ映画祭」と、2~3年に1回、対象地域を変えながら映画祭を開催していきます。1990年代には、1つの国をテーマにしたアジア映画祭をシリーズ化。一連の映画祭シリーズは、日本各地の国際映画祭でアジア映画が積極的に紹介されていくきっかけとなり、知られざる作品や監督との出会いの場を広げたという意味でも先駆的な活動となりました。

1984年に開催されたアフリカ映画祭の記者会見の模様。アフリカ映画を特集する映画祭としては日本で初めてのものでした。佐藤忠男氏が上映作品の選者の1人を務め、ゲストを招いてのシンポジウムも開かれました。

JFが長年にわたり推進してきた映画交流は、東京国際映画祭(TIFF:Tokyo International Film Festival)との連携事業にも生きています。JFとTIFFが共同で設置した「CROSSCUT ASIA」は、アジア映画の特集上映を行う部門ですが、2014年から2019年にかけて、国、監督、テーマなど、多彩な切り口からアジア映画を紹介しました。また、JFとTIFFは2016年と2018年の2回にわたるオムニバス映画『アジア三面鏡』の国際共同製作や、アジア地域の映画関係者の招へいなどを通じて、日本とのネットワーク構築にも取り組んでいます。

さらにJFとTIFFは2020年、是枝裕和監督の発案のもと、世界の映画人同士の対話を促進するトークシリーズ「アジア交流ラウンジ」を開始しました。同年に登壇した、台湾の映画監督・脚本家のホアン・シーと是枝、韓国の映画監督キム・ボラと女優の橋本愛や、翌2021年には女優のイザベル・ユペールと映画監督の濱口竜介など、豪華な顔ぶれの対談が実現し、映画の力について深い議論が繰り広げられました。両年とも、コロナ禍の影響を受け、実際に来日できた海外の映画人は限られましたが、対談の模様は無料配信され、世界中の映画ファンと登壇者との間で活発な質疑応答も交わされました。

2020年のトークシリーズ「アジア交流ラウンジ」で、韓国の映画監督キム・ボラと女優の橋本愛がオンライン形式で対談しました。モデレーターを務めたのは是枝裕和監督でした。キムと橋本は初対面でしたが、互いの作品について語りあい、深く頷きあう場面が何度もみられました。©2020 TIFF

映画は、人間の想像力を大いに羽ばたかせる芸術です。時代も国も、ときに惑星すら飛び越えて未知なるものへの理解を深め、多様性の大切さに気づく大きな機会となります。佐藤忠男氏は、南アジア映画祭のパンフレットの序文に以下の言葉を残しました。「南アジアの映画はいま、それぞれに力強く民族の心を語っている。それはわれわれの心に直接に響くものであり、同時代に生きる仲間がそこにいることを痛切に実感させるものである」。日本と海外の映画を通じた交流は、これからもリアルとオンラインを通じ、同じ時代を生きる者同士の間に深い絆をはぐくんでいきます。

 

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