2022.10.12
対話「互いに学び、互いに強くなる」
スポーツで育まれていくアジアとの絆
国際交流基金では、設立当初からスポーツを通じた交流事業を行ってきました。その中から近年、アジアで実施した柔道とサッカーに関するユニークなプロジェクトをご紹介します。
言葉に頼らず誰でも気軽に世界の人々と交流できる手段、そのひとつがスポーツです。国際交流基金(JF)では草創期からスポーツ専門家の派遣事業を行ってきました。対象地域は東南アジアやアフリカ、中近東など、分野は柔道、レスリング、体操、バレーボール、空手などです。1977年度から2001年度までは、親善試合を主な目的とした20名前後からなる大型スポーツチームの短期巡回派遣も主催しました。1981年度には「中近東スポーツ交流促進特別計画」が発足し、5年間にわたり、指導者の長期派遣とともに、剣道や合気道、サッカーなどの使節団派遣も実施されました。
その流れを汲んで、近年、柔道とサッカーについてアジアで実施した2つのユニークなプロジェクトをご紹介します。
柔道――「自他共栄」の理念で日本とアセアンを結ぶ
まずは、柔道の「日アセアン JITA-KYOEI PROJECT」。柔道の創始者・嘉納治五郎師範の唱えた「自他共栄」という指針――「互いに信頼し助け合うことで、自分も世の中の人も共に栄える」という精神に則り、JFアジアセンターと講道館との共催で、2016年度から6年間実施したプロジェクトです。「自他共栄」はまさに、「アジアの人々のあいだに共感や共生の心を育む」というアジアセンターのミッションに通じる理念。柔道を通じて、日本と東南アジアとの文化交流や相互理解を促進する狙いがありました。
講道館で本プロジェクトを担当した国際部の大辻広文課長は、こう振り返ります。「アセアンを中心にアジア各国で柔道を教え広めていく、現地の指導者の育成に最も力を入れました。その国の柔道を引っ張る存在となる指導者を育て、彼らを起点に、選手、コーチ、審判員といった層にも教育啓発を広げていくようなアプローチですね」
日本から各国への指導者の派遣に加え、各国から講道館へ若手指導者を招へいしての、合宿形式によるセミナーも実施。指導の合間には、書道など日本文化に触れる時間も設けました。また、各国柔道連盟会長たちとの交流や、指導のための教材映像の作成なども行いました。これは一方通行のプロジェクトではなく、教える側も勉強になるのだと、大辻課長は語ります。「知識や技術を出し惜しみせず伝えていく中で、われわれにも常に学びがあります。国際交流基金と共に、日本と海外との懸け橋として講道館が貢献しつつアジアと世界全体の柔道が進歩していけたら、これほど嬉しいことはないです」
サッカー――「ASIAN ELEVEN」がまいた親善の種
もう1つのプロジェクトは、2014年からJFアジアセンターと、公益財団法人日本サッカー協会(JFA)、公益財団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)が推進してきた、東南アジアとのサッカー交流事業「ASIAN ELEVEN」。東京2020オリンピック・パラリンピック大会の開催国として、日本が官民連携で推進した国際貢献・交流事業「スポーツ・フォー・トゥモロー」の一環としての事業です。東南アジアの国々とサッカーを通じて良きライバル、良き友人としての関係を育みながら、日本のサッカー界が積み上げてきた知識・経験を共有。レベルアップした「アジアのサッカー」を創ることを目指して、指導者派遣や選手育成に力を入れてきました。
日本サッカー協会・国際委員会の小野剛副委員長はこう語ります。「日本のサッカーはこの30年くらいの間に急速に力をつけ、世界の強豪国とも伍する存在となりました。それを見て『次はわが国だ』と意気込む東南アジア各国の、このプロジェクトへの期待は大きいです。現地での指導は、サッカーのレベルもそうですが、文化や慣習が異なる環境下でいかに選手を育成していくか、その育成システムをどう構築していくかというところまで含めたものになります。そんな環境で指導にあたれる機会は国内ではないですから、指導する側も得るものが大きい。現地での経験を持ち帰ることは、日本サッカーのレベルアップにもつながります」
もちろん、言葉や文化の壁はあります。カンボジアサッカー連盟でテクニカル・ダイレクター(技術委員長)を務め、現地でユース世代やその指導者の育成にあたる小原一典さんは、こう話します。「サッカーの話以前に、組織の風通しを良くすることだけでも大変だったりします。でも、日本のやり方をただ押し付けるのではダメです。相手を理解し、自分も成長できている、幸せになっている、と感じられることが大事。それが真の意味での国際交流にもつながると思うのです」
一方、各国のサッカー関係者の日本への招へいも行われていますが、これはスキルの向上だけでなく人的交流の面でも役立っています。小野副委員長は次のように語ります。「彼らの滞在中には、日本文化を学ぶ機会も設けています。厳選された若手トップ選手や幹部候補生たちですから、帰国後には彼らがその国のサッカー推進の中心になるわけです。人のつながりができれば、コミュニケーションも円滑になる。国際試合で顔を合わせる機会も多いですからね。ともに研鑽を積んだ『絆』が、さまざまな形で生きていきます」
2つのプロジェクトに共通するのは、ともにスポーツの技能向上「だけ」に焦点を絞ってはいない点です。青少年も対象とするだけに、どちらも日本文化に触れる機会や、教育的な側面、すなわち「礼儀」や「地域社会との交流」の大切さにも光をあてています。なぜなら、国際交流を通じて生まれるのは、勝ち負けではないからです。得られるのは友情や絆であり、学びを得て互いに成長できることがスポーツの魅力。JFはこれからも、スポーツを通じて世界に懸け橋を築くお手伝いを続けていきます。