2022.10.12

言語

カイロ大学から花開いた
中東の日本語教育、
国際交流基金と共に歩んだ50年の軌跡

日本語弁論大会

写真は、2013年4月28日にカイロ大学文学部で実施された「日本語弁論大会」の模様。初級の部(2年生)5名、中級の部(4年生)9名の合計14名が参加しました。

中東地域の日本語教育は、国際交流基金の支援でエジプトのカイロ大学が開設した日本語日本文学科を中心に発展してきました。中東で実を結ぶ日本語教育や日本文化研究の軌跡をたどります。

日本がオイルショックに見舞われた1973年、当時の三木武夫副総理が中東諸国歴訪の一環で、エジプトを訪れたことをきっかけとして、翌1974年、同国の最高学府であるカイロ大学文学部に中東・アフリカ地域で初となる日本語日本文学科が開設されました。国際交流基金(JF)はその当初から、中東における日本語教育の発展に寄与するため、同大学へ日本語教育専門家の派遣を開始し、一時期には1年に4名体制としたこともありました。

その後、中東での日本語教育需要の高まりを受けて、1989年からカイロ大学はエジプト国内外の他機関に日本語講師を派遣するようになり、1994年には大学院を開設し、博士号の取得者も輩出します。加えて、JFカイロ日本文化センター1995年に設立され、同大学に対する日本語教育支援体制はいっそう強化されました。

2000年代以降になると、カイロ大学の先生方の手により、日本文化に関する著書や訳書、日本語学習教材が多数、出版されます。2010年には、同大学の講師陣4名が翻訳を担当した『基礎日本語学習辞典』のアラビア語版がJFより刊行されました。それまでアラビア語話者のための実用的な日本語学習用辞典がなく、日本語学習者にとっては長く待ち望まれていたものでした。

JFの継続的な支援と現地の先生方の努力によって日本語教育の環境は着実に整っていき、その効果はサウジアラビアにも波及していきます。JFからの日本語専門家の派遣は2010年度で終了し、同大学は日本語教育機関として自立を遂げました。アラビア語圏の日本語教育における同大学の大きな成果を顕彰し、JFはカイロ大学文学部日本語日本文学科に対して、2011年度の国際交流基金賞を授与しました。

カイロ大学では、日本文学の研究を志す学生も増加

共に50年に及ぶあゆみを進めてきたJFとカイロ大学文学部日本語日本文学科との絆について、同大学の名誉教授で、かつて駐日エジプト大使館の文化参事官も務められたカラム・ハリール先生にお話を伺いました。「カイロ大学にはサウジアラビアやシリア、アフリカ各国から多くの留学生が日本語を学びにやってきます。また、国際交流基金からも当大学からも、アラビア語圏の他の大学に対して日本語教育専門家が派遣されています。加えて、当大学では日本語弁論大会や日本語に関する国際シンポジウムなどを、国際交流基金のご支援で定期的に開催してきました」。カラム先生も1993年から2002年まで同大学からサウジアラビアのキングサウード大学へ派遣され、同地の日本語教育の環境整備に尽力されています。

カラム先生

カラム・ハリール・サーレム(Karam Khalil Salem)先生。カイロ大学文学部日本語日本文学科名誉教授。文学博士。2003~2005年、2009~2015年の8年間、同学科の学科長を務められました。エジプト国内外の教育機関で日本語学科設立に貢献するなど、中東の日本語教育の発展に寄与しています。

カラム先生は、学生たちが日本語を学ぶ動機の変遷をこう語ります。「観光業が盛んな国なので、初期にカイロ大学で日本語を学ぼうと志す学生の多くは、観光ガイドや旅行代理店への就職を考えている人が多かったです。一方で、純粋に日本文化に関心の高い層もいて、1980年代に中東でも大ブームになったドラマ『おしん』や、1990年代に放映されたアニメ『キャプテン翼』などの影響で日本語を学びたいという機運が高まりました」

2018年にJFが行った調査では、同学科に在籍する学生は110名でした。「卒業生には、日本の大手企業に就職して幹部となった人もいます。アラブの春やコロナ禍で観光産業が落ち込み、ガイドたちの中には日本語教師の資格を取るために再び大学で勉強を始める動きもあります。また、アラビア語による日本文化や日本文学についての教科書が次々と制作されたことも影響したのか、文学研究を希望する学生が増えました。川端康成や大江健三郎はよく知られていますし、村上春樹の人気はやはり高いです」。エジプトでも女性の社会進出が進み、日本文学科には女子学生が多いそうです。「日本の近現代の女性作家、たとえば樋口一葉や吉本ばななを研究する学生もいます」

今後もエジプトの人々に日本への関心を高めてもらうため、何が必要かをカラム先生に伺うと、「双方が留学生を増やし、交流を深めること」が挙がりました。「もう1つ、かつて『おしん』が日本や日本語への関心を高めたように、良質な日本のドラマがもっと放映されるようになるといいのではと思います。どこの家の居間にもあるテレビは、一般の人が日本に親しみを抱くきっかけとして大きな力があるからです」

カイロ大学文学部日本語日本文学科

カイロ大学文学部日本語日本文学科では毎年、日本人の交換留学生を受け入れています。写真は2010年、文化体験の一環で、日本人留学生とカイロ大学の学生に対し、当時エジプトに滞在していた大エジプト博物館保存修復センターの日本人専門家を招いて行った講義の模様。カラム先生が専門家を紹介しているところです。

日本語の教科書に挟まれたコラムが人気に

カラム先生も教鞭をとったサウジアラビアでは、1994年にキングサウード大学で日本語専攻課程が開設されたことから、日本語教育が広まっています。同大学で日本語を教えるファーリス・シハーブ先生は、こう振り返ります。「当時、キングサウード大学言語翻訳研究所が外国語人材を育成するために各国に要請を出し、日本からは国際交流基金が19938月に日本語教育専門家を派遣してくださいました。かつてカイロ大学で日本語を学んだ私は、1994年からキングサウード大学で日本語教育に携わっています」

ファーリス・シハーブ(Faris Shihab)先生

ファーリス・シハーブ(Faris Shihab)先生。キングサウード大学教授。筑波大学で博士号取得。2015年、中東諸国と日本の相互理解の促進に寄与した功績が認められ、旭日小綬章を受章されています。

サウジアラビアで日本語を学ぶ人は、何をきっかけに日本に興味を抱くのでしょうか。ファーリス先生はこう述べます。「日本製品の高い評価や高度経済成長時の経済力、日本アニメの人気などにより、日本のイメージは良好です。日本語や日本文化そのものへの興味から、日本語学習につながっているようです。また、学生の一部には、誤解されがちなイスラム教について日本語で紹介できるようになりたいという気持ちがあることが、以前取ったアンケートの結果に表れていました。これは、聖地メッカを有するサウジアラビアならではの外国語学習動機です。イスラム教についての客観的で正確な情報を日本に紹介することが、サウジアラビアに生まれた者の使命だと考えられているからでしょう」

ファーリス先生やカラム先生などが中心となって制作した『アラブ人のための日本語』は、アラブ圏の日本語学習者向けに作られた初の本格的な教科書です。制作にあたって最も力を注いだ点を、ファーリス先生に伺いました。「一番は、異文化理解です。学習していく中で自然に異文化理解が深められ、日本語で自分の文化についても紹介できるように工夫しています。また各単元の終わりに載せたコラムも好評です。日本人とより円滑なコミュニケーションを図れるように、各単元で学ぶ会話文に出てくる内容に関係のあることを載せています。花見の会話文を学ぶ単元では桜と日本人について書き、食事について学ぶ単元では日本料理の紹介をする、といった具合です。学習者の家族がコラムを読んで、自分も日本語を勉強したくなったと語ったとも聞いています」

アラブ人のための日本語

『アラブ人のための日本語』には、日本を訪れた際に実際に使える例文がたくさん用意されています。日本文化や日本語についてのコラムもあり、読み物としても楽しめる内容になっています。

ファーリス先生は、これからサウジアラビアに日本語学習者を増やすため、必要なのは「スタッフや教材の確保」だと話します。「これまで日本語教育を続けてこられたのは、国際交流基金とのつながりがあったからです。日本語教師の派遣や教材助成などの支援がなければキングサウード大学日本語専攻課程は存続できなかったと思います。改めて感謝の意を表したいです。今後は、大学で日本語を学んだ学生が訪日できる機会をもっと探していきたいと思います。また、卒業後、日本語が活かせる就職先の確保も重要です。日本大使館が日本文化紹介イベントや弁論大会を開く際に、日本企業と学生との接点を設けてくださって、そのような協力が非常にありがたいです」

現地の先生方の努力と熱意に支えられて、日本語教育の種は中東で花開きました。JFは今後も世界各地の日本語教育が発展するよう支援を続け、日本語教育を通し、日本や日本の文化に親しみを感じてくれる学習者が、さらに増えていくことを期待しています。

キングサウード大学で教壇に立つファーリス先生。

キングサウード大学で教壇に立つファーリス先生。

 

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